根岸武香(ねぎしたけか)
政治と考古学の発展に尽力 1839〜1902年
根岸武香は天保10年(1839)5月15日、大里郡吉見村胄山の地に、根岸友山の二男に生まれました。父と同じく文武両道に秀で、少年の頃より勉学を志して江戸に出向しました。武術を千葉周作の道場に習い、また国学を平田鉄胤や横山由清に学び、和歌は小林歌城や安藤野雁に師事し、また儒学を三餘堂に逗留した寺門静軒から学びました。特に和漢の学に特筆すべき能力を発揮し、その関心は考古学や史学への研究に繋がることになりました。父、友山と力を合わせて皇道の復興に勤しみ、胄山神社の再建等にも尽力しました。
嘉永3年(1850)、伴七と称して、村名主役を勤め、父と共に河川改修や治水に政治的才能を発揮しました。明治12年(1879)に最初の埼玉県議会の議員に選出され、副議長を任じられました。翌13年、熊谷宿の竹井澹如の後をうけて議長に進み、治水、教育、産業等幅広い分野に渡り県政に尽力し、同23年再び県会議長に互選されたのでした。
また学問的な研鑽を積み、考古学への造詣が深く、古器物の鑑定に長じて、吉見百穴の保存を進めました。その発掘に協力し、出土遺物を蒐集保存することに傾注した。この考古学に対しての功績は顕著であり、黎明期の学術的基礎を形成した意義は極めて大きいと言えます。また著作物として、『皇国古印譜5巻』、『皇朝泉貨志1巻』を出版し、明治17年には先に江戸幕府が編纂せる『新篇武蔵国風土記稿』80冊を出版印行しました。明治35年(1902)12月3日、武香は64歳で病を以て没し、胄山の同家墓地に葬られました。
年表
和暦 | 西暦 | 年齢 | 出来事 | 時代背景 |
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天保10年 | 1839年 | 根岸武香生まれる。幼名新吉。 | ||
明治元年 | 1868年 | 29歳 | 大惣代名主となる。 | |
明治2年 | 1869年 | 30歳 | 名字帯刀を許される。 | 版籍奉還により大宮県設置(のち、浦和県に改称) |
明治3年 | 1870年 | 31歳 | 弾正台巡察属となる。 | |
明治4年 | 1871年 | 32歳 | 浦和県第十四区戸長となる。 | 廃藩置県により埼玉県、入間県設置 |
明治5年 | 1872年 | 33歳 | 入間県第七大区五小区戸長となる。 入間県に出仕、租税課専勤地券事務取扱。 |
学制領布 |
明治6年 | 1873年 | 34歳 | 熊谷県南七大区五小区副区長となる。 熊谷県学区取締となる。 |
徴兵令布告、熊谷県設置、地租改正条例公布 |
明治9年 | 1876年 | 37歳 | 埼玉県に出仕する(〜同12)。 | 新埼玉県誕生(現在の埼玉県) |
明治10年 | 1877年 | 38歳 | 素封家須藤開邦等4人で黒岩横穴墓群を発掘。 | |
明治12年 | 1879年 | 40歳 | 埼玉県会議員となり、県会副議長選出される。 E.S.モース教授、根岸家訪れ、横穴墓群視察。 |
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明治13年 | 1880年 | 41歳 | 県会議長となる。 埼玉県庁所蔵の『新編武蔵風土記稿』を謄写させる。 |
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明治15年 | 1882年 | 43歳 | E.S.モース教授、根岸家を訪れる。 | |
明治19年 | 1886年 | 47歳 | 東京人類学会に入会。 | |
明治20年 | 1887年 | 48歳 | 坪井正五郎と吉見百穴を発掘する。 大里幡羅榛沢男衾郡所得税調査委員。 |
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明治22年 | 1889年 | 50歳 | 吉見村会議員となる。 | 大日本帝国憲法発布、市制町村制公布 |
明治23年 | 1890年 | 51歳 | 古代古文書の復刻出版を内務省から許可。 再度県会議長となる。 |
根岸友山没す。享年82歳 帝国議会開設 |
明治27年 | 1894年 | 55歳 | 貴族院多額納税者議長となる。 | 日清戦争 |
明治33年 | 1900年 | 61歳 | 所蔵の古文書を東京帝国大学史料編纂所へ貸し出す。 | |
明治35年 | 1902年 | 埼玉県と東京府へ『新編武蔵風土記稿』刊本の訂正を願い出る 根岸武香没す。享年64歳。 |
日英同盟 |
文献
書名 | 著者名 | 出版社 | 出版年 |
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根岸家諸記録 | [江戸末期-大正] [写] | ||
實測埼玉縣管内全圖 | 諸井興久, 根岸武香/編 | 菅間定治郎 | 1879.01.01 |
新訂埼玉縣管内全圖 | 諸井興久, 根岸武香/編 | 菅間定治郎 | [1880.3] |
榧園泉史稿本 | [根岸武香]/[著] | [19--] | |
榧園泉貨譜稿本 | [根岸武香]/[著] | [根岸武香] | [19--] |
[日本古印史稿本] | 平武香/輯 | [根岸武香] | [1900] |
古梓一覽 | [西村兼文]/ [著] | [根岸武香] | 1901. |
『東京人類学会雑誌』第18巻第207号 (根岸武香氏記念号) |
坪井正五郎、他 | 1903.06. | |
帝国図書館所蔵冑山文庫和漢図書目録 | 帝国図書館 | 1935. | |
近世史料所在調査報告2 根岸家文書目録 | 埼玉県立文書館 | 1967. | |
『熊谷人物事典』「根岸武香」 | 日下部朝一郎 | 1982. | |
根岸武香「武蔵大里郡野本村の発見物に就いて」 (『考古界』第1篇第1号) |
根岸武香 | 1991. | |
『立正大学地域研究センター年報第22号』 根岸友山と根岸武香 |
根岸 友憲/著 | 立正大学地域研究センター | 1999.01. |
(展示図録)第1回収蔵文書展 根岸友山と武香 | 埼玉県立文書館 | 1998. | |
根岸友山と根岸武香 | 根岸 友憲/著 | 1998. | |
(特別展示図録)根岸友山・武香の軌跡 | 大里村教育委員会 | 2002. | |
「大里町冑山根岸家の「蒐古舎」について」 (埼玉県立博物館『紀要』第29号) |
宮瀧交二 | 埼玉県立博物館 | 2004. |
特別号郷土の偉人 根岸友山とその子武香 会発足十周年記念 |
大里町歴史研究会 | 2005. | |
根岸友山・武香の軌跡 : 幕末維新から明治へ | 根岸友憲 監修 ; 根岸友山・武香顕彰会/編 | さきたま出版会 | 2006.05. |
(展示図録)吉見百穴と東日本の横穴墓 〜埼玉考古学の幕開け〜 |
埼玉県立さきたま史跡の博物館 | 2007. | |
根岸友山・武香のあゆみ | 根岸友山・武香顕彰会 | 200=. | |
根岸友山・武香顕彰会創立十周年記念誌. | 根岸友山・武香顕彰会 | 2012.04. | |
ある好古家のコレクション 根岸武香(ねぎしたけか)と冑山(かぶとやま)文庫 :「国立国会図書館デジタル化資料」 |
大沼 宜規/著 | 2012.01.01 | |
『熊谷市史研究 第6号』 明治初期における武蔵の「好古家」根岸友山と武香(上)-上中条村出土の埴輪と黒岩村横穴郡の発掘を中心に-P34 |
重田 正夫 | 熊谷市教育委員会 | 2014.03. |
熊谷市史調査報告書第一集 冑山根岸家資料報告(1) 一考古資料・古瓦− |
新井 端/編 | 熊谷市教育委員会 | 2015.3. |
『埼玉県立史跡の博物館紀要 第9号』 〈資料紹介〉根岸武香と利仁神社経塚 |
水口由紀子 | 埼玉県立さきたま史跡の博物館 埼玉県立嵐山史跡の博物館 | 2016.03.28 |
『熊谷市郷土文化会誌』第72号 「郷土の偉人 根岸友山とその子武香」P7 |
斎藤 重朗 | 熊谷市郷土文化会 | 2016.11.01 |
『熊谷市郷土文化会誌』第72号 「根岸友山・武香父子と三人の学者」 −寺門静軒/安藤野鴈/E・S・モース−P27 |
鯨井 邦彦 | 熊谷市郷土文化会 | 2016.11.01 |
『熊谷市史研究 第9号』 根岸武香の『新編武蔵風土起稿』刊行とその購入者P11 |
重田 正夫 | 熊谷市教育委員会 | 2017.03. |
「熊谷市史研究 第10号」 『朝日之舎』に見る山田衛居と根岸武香との交友P41 |
新井 端 | 熊谷市教育委員会 | 2018.03. |