一筆庵主人『魂膽夢助譚』(こんたんゆめすけばなし)
概要:夢輔という怠け者が、金に不自由なく、長生きして遊んで暮らすには、信心願かけでご利益を得るのが近道と考え、七福神の中でも一番暇そうな福禄寿にお願いした。すると福禄寿から、ある生き物をみつめて呪文を唱えると、その生き物と魂が入れ替わるという術を伝授された。
ある時、夢輔と粟九郎は、叔母の遺金二百両を貰うために、上州二連木に向けて出立する。板橋の宿より中山道を通って上州に至る途中、熊谷に立ち寄っています。
「夢輔譚 五編 下の巻」
(前略)
ゆめ「ここが久下村といふ所で、茶漬の名物だ。
あは「酒のいい所で、一口呑で急ふ。
ゆめ「それじやア熊谷の和泉やだト。
二人は道をいそぎしかば、ほどなくくまがやへの宿にいたり、いづみやにてそこそこに酒をのみ、蓮生寺もけへりに参けいせんと、心いそがはしく、此宿も通りすぎ、はやくも駕原の立場にいたる。この所は、熊谷、深谷の間にて、しがらきといふ立場茶やは牛蒡(ごぼう)のめいぶつ也。殊に自製の茶は当所の水にあひて風味よく、旅人茶をもとめていへづとになす。銘をしがらきとよべり。煮花に牛蒡ふたきれにて、茶づけめしを売といへども、其繁昌は中山道第一の立場にて、旅人ここにあらそひ休みこんさつす。
ゆめ「ここで飯を喰て行ふ。
あは「なんだ茶漬か。
ゆめ「ムム酒も肴も銭さへ出せばお望次第ヨト。
こしをかける。女茶を持くる。
あは「酒なしの飯がいい。
ゆめ「わるツくツても仕かたがねへト。
いふ内二人まへ茶づけを持てくる。二人はまじめにめしをくひ、
ゆめ「どうも茶はよつぼどいいぜ。
あは「山本山でも怊(かな)はねエなアト。
茶づけをくひながら、
「熊谷の和泉やも酒はいいが、夕べの吹上の酒はよツぽどよかった。
ゆめ「そのはづだア。壱両壱分取れたものを惚きって夜這に行ほどだから、能なくつちやア妻らねエ。
(後略)
*立場(たてば)とは、宿場と宿場の間にあって、旅人が休息する場所の事で、熊谷宿と深谷宿の間の籠原に、牛蒡と茶漬けが名物の「しがらき」という店があった。竹野半兵衛1827年著の中山道の商業名鑑『諸国道中商人鑑』に、この「しがらき」が絵入りで紹介されている。
*作者の「一筆葊」とは、「岐阻道中熊谷宿八丁堤景」を描いた、絵師で文筆家の溪斎英泉の亭号。
竹野半兵衛1827年『諸国道中商人鑑』 「志がらきノ笹屋源蔵」 |
英泉「岐阻道中熊谷宿八丁堤景」 |
参考文献
『教訓滑稽 魂膽夢輔譚』 一筆葊主人 翻刻脚注 横山芳郎 1996年 (株)考古堂書店