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奥原晴湖(おくはらせいこ)(1837-1913)

画家。古河藩士の家に生まれ、17歳の時に谷文晁の流れを汲む枚田水石に絵画を学ぶ。29歳の時に上京、上野池之端に新居を構え「墨吐烟雲楼(ぼくとおううんろう)」と看板を掲げ、晴湖と号した。このころの画風は、豪放磊落(ごうほうらいらく)で力強いながら、理にかなった用筆や功名な構図が見られ、世に“東海書き”と称された。その後、古河藩領があった上川上村(現・熊谷市)に居を構え、画室を「繍水草堂(しゅうすいそうどう)」「繍佛草堂(しゅうぶつそうどう)」「寸馬豆人楼(すんばとうじんろう)」などと称して作品を発表した。その画風は密画が多く、非常に鮮やかで色彩豊か、細密な筆致で描かれた。
秋日
「江樹呑泉石 白雲吐青山 茅堂風塵外 卜来日月閑」
夏日雑詠
「書格何期二米間 天眞也解冩天眞 與来筆舞墨飛處 只見煙雲不見山」

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