風化が進み読みづらくなっていますが、 厳しい冬が過ぎ、徐々に春めいてくる早春の情趣を、月と梅の取り合せで描 き出している、画賛句として芭蕉が好んだ句です。元禄6年(1693)芭蕉50歳の時の作品。 高:92cm、幅:70cm 寛政8年(1796)建立。 碑の裏面には「太蕪」「秋瓜」の句と、天明から寛政にかけて熊谷を拠点として活躍した俳人「官鮎」「笑牛」「雪叩」の名が刻まれています。 秋瓜(■-1790):多少庵秋瓜。江戸時代中期の俳人。佐久間柳居(本名長利:1686-1748)に学び、のち柳居の弟子古川太無(■-1774)の門人となる。別号に止弦、松籟庵。句集に「多少庵句巣」、編著に「もゝとせ集」など。 雪叩:(1732-1799):野口雪江。若いころより学問にはげみ、17歳で肥塚の東有隣から経史を学び、18歳の頃江戸に出て、当時名声のあった書家の関思恭に入門し、書道を研鑽。博識で書道に秀で、寛政九年、弟子の勧めにより東京浅草の浅草寺に「仏身円満無背相」「十方来人皆対面」なる般若讃の中の語句を書いた両聯を奉納し、世の書家から「寛政の三名筆」としてたたえられました。現在もその額は浅草寺外陣に掲げられています。
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