戸根木格斎(とねぎかくさい)(1807-1874)
格斎は、文化4年(1807)、熊谷の練屋と称する絹布の商家に生まれる。号を格斎、初め留五郎、後に後与右衛門と改めた。諱は貞一、字を士静とした。
数学を好み、群馬の剣持章行から関流の数学を学び、忍藩の至誠賛化流の平井尚久にも師事し、天保10年(1839)初伝を受けている。
著書に『算則』『算籍』『幼学算梯』『異乗同除』『暦算寛政磨後訂』『載積問答』『野原文殊寺掲額解義括術』『約術』『剰一術』『町見術』などがある。
また、礼法も教授し、礼家二百か条式目、折紙結結方十二か条、式礼百か条などを伝授した。
この他書も堪能で、武田実庵に師事した。
門弟は100余名に及んだが、明治7年(1874)68歳で没す。法名「礼誉数翁頣楽居士」。
大正5年(1916)門人石川弥一郎により、その功績を讃える「戸根木格斎先生碑」が建てられている。撰文は石川弥一郎、書は、林有章。当初星川添いの久山寺に建てられていたが、現在、熊谷市鎌倉町の石上寺に移設されている。
戸根木格斎先生碑
参考文献
- 『熊谷人物事典』日下部朝一郎 昭和57年 国書刊行会
- 『北武蔵の和算家』山口正義 平成30年 まつやま書房