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四分一葉々(しぶいちようよう)(1863-1940)

俳人。市内柿沼に生まれる。本名清次郎。忍藩士鈴木錦三について学を修め、熊谷宿仲町仏師坂田半兵衛に弟子入りして仏師の技を修業。その後内田朴山の門に入り俳諧の道を修め、朴山の叔父内田五八九の庵号「皓々処」を貰い継承。明治35(1902)年、旧堤外大神宮脇へ花塚の碑(芭蕉句碑)を、竹井澹如・林有章らと図り造立する。晩年は木彫に励み、木彫百体会を企て、桜堤の枯れ枝で蓮生法師、二宮尊徳、聖観音、芭蕉像等を刻んだ。昭和15年4月29日78歳で没す。
辞世の句に「我死なば 念仏よりも 鵙の声」「道草や 馴れぬ草鞋に 返り花」の二句がある。

参考文献

  • 1982『熊谷人物事典』日下部朝一郎
  • 2022菊池 勇「四分一葉々と百體會」『熊谷市郷土文化会誌』第77号 熊谷市郷土文化会



     
 花塚(鎌倉町石上寺)  葉々作「二宮尊徳像」(個人蔵) 葉々作「蓮生像」(個人蔵)