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待田宗隠(まつだそういん)(1807-1876)

文人。本名阿部敏武。号を瓢僊と称し、嘉永の末に熊谷に来住した。小笠原流礼法師範。茶道、礼法、和歌、画業に精通し、熊谷に小笠原流を伝えた。内田了仙に茶道の奥義を伝え、同家の茶室の数寄屋を設計した。幕末には、栄町の寺小屋鶴鳴堂を継承し門下生多数を育成したが、明治6年小学校が各地に創設されたため塾を閉じ、熊谷寺門前で代書業を営んだ。明治9年69歳で没す。

参考文献

  • 1982『熊谷人物事典』日下部朝一郎