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細井平左衛門(ほそいへいざえもん)(生没年不詳)


宮大工。明治時代に市内板井に住す。
市内川原明戸の宮大工飯田和泉(3代岩次郎)に師事し腕を磨きました。
明治25(1892)年に野原八幡神社本殿を再建、明治34(1901)年には野原文殊寺の鐘楼門を再建しています。
天保9(1838)年に再建された文殊寺本堂の向拝彫刻を、飯田和泉(3代岩次郎)が手掛けています。この本堂は昭和11(1936)年に焼失し現存しませんが、子弟でそれぞれの建物を競作していたことになります。
また、細井家には、細部の彫刻まで描かれた神社本殿の側面絵図が残されています。社名は不明で、実在するのかも不明です。
懸魚に龍、木鼻に獅子。胴羽目彫刻は、龍の脇で女性が琴を弾いています。この題材は、「玉巵弾琴(ぎょくしだんきん)」と思われます。玉巵は西王母の末娘で、太真王夫人(たいしんおうふじん)とも呼ばれた仙女です。彼女が一弦の琴を奏でるたびに、周囲に多くの鳥(百禽)が群がり飛来し、白龍に乗って四海(世界中)を自由に巡ったと伝えられています。脇障子には松に鷹、腰羽目彫刻に唐獅子牡丹、鯉の滝登りなどが配置されています。
玉巵弾琴の彫刻は、近隣では、市内上新田諏訪神社の向拝、市内妻沼聖天堂の貴惣門、美里町北向神社・深谷市伊奈利大神社・寄居町宗像神社・太田市阿久津稲荷神社の胴羽目ほかに見る事ができます。

   
本殿側面図 同左胴羽目彫刻 

参考文献