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福島儀平(ふくしまぎへい)(1844-1923)

養蚕家。大里郡手島村(現熊谷市手島)生まれ。明治14年熊谷町荒川堤外の河川敷(現熊谷市河原町)を開墾し移住。桑園を8〜9尺・3尺の寄せ畝に作り、広畝を夏冬馬耕して冬は野菜を間作し、厩肥施用で桑園を肥培する馬・蚕・畜の多角経営や、桑樹を傷めない簡易苗取法、当時主流だった冷涼育を改良した三十日養蚕で良繭生産と手間、病蚕の減少、丈夫な蚕種を育成する等成果をあげた。明治13年「蚕業改良精業社」を創立し、伝習生の養成を行った。盛時には県内外に3,000戸の会員を擁したが、明治40年農学校、蚕業試験場等が各地に創立されたのを機に解散した。また菅谷村(現嵐山町菅谷)の地域を中心に教育や実業の発達をめざす「无邪志同盟会」が設立されると、特別名誉会員となり、その活動に参加した。
その後軽井沢に転居し、酪農牧場を設け、高冷地養蚕を試みるなど農蚕畜一体経営を実行した。大正12年80歳で没す。

参考文献