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代 定吉(だいさだきち)(1751-1820)


芭蕉句碑(妻沼歓喜院)

俳人。宝暦3年(1753)、大里郡代村(現熊谷市)に生まれ、原島の王寺の愚禅和尚に就いて学び、五渡の法名をもらう。別号有磯庵、五翁。成人後、妻沼町の大和屋(薬種・菜種・陶器・雑貨・材木商)を継ぐ。
俳諧を加舎白雄門、建部巣兆に学び、芭蕉句「早稲の香や分け入る右は有磯庵」から「有磯庵」と号した。そして巣兆の門に入り、善ケ島の可良久らとともに、蕉風俳句の振興に努めた。
文化8年(1811)60歳の時、息子理兵衛に家業と五渡の俳号を譲り、五翁と号した。
文化9年(1812)、歓喜院に芭蕉句碑「稲妻や 闇のかた行 五位の声」を角浪・可良久・五楼とともに建立した。
文政3年(1820)8月21日69歳で没し、東岡の東林寺に葬られた。

参考文献

  • 1982『熊谷人物事典』日下部朝一郎
  • 2016「熊谷の俳諧」『熊谷市誌研究』第8号 内野勝裕