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大原狐

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ちょっと古い話。明治六、七年頃とか。
大原に大酒飲みの男があった。人々に親方親方と言っておだて上げられたので自称親方になりきってしまった。
ある夜の事、例によりよい機嫌になって家に帰ると其の道すがら、一女があって前に立ち塞がり「モシ親方」と何か用ありげに云った。「オー貴様はキツネだらう。お前等に化かされる己れではない。早く消えてなくなれ」と大見得切った。女は「親方には敵わない。見破られてくやしい」といった。「ウンさうだらう。そんなら早く正体を現せ」と言うと、キツネは宙返りしたかと思ふとキツネになった。「ヨシもう一度女になれ」キツネは女になった。「キツネにかへれ」キツネとなる。かくすること四五度であったが、其の時キツネが「モシ親方、私共は今夜御祝儀に招かれたのだが其の家では一見(いちげん)の者には必ず湯に入れる事になってゐる。湯に入ると私共は化けの皮が現れてしまふ、どうぞ助けると思って皆の代わりに湯に入って下さい。そうすれば皆してご馳走にありつけるのです」といふ、親方「ヨシヨシ」とばかり承知して其の家に到れば案の定湯に入れられて、親方「ソレジャ頂かう」と湯に入りボシャボシャやったはよいが何ぞ知らんこれは小便壷であった。
見破った親方が逆にたぶらかされてしまったのである。
[註]原文は旧仮名遣いである。文を読みやすくするため、筆者の判断で一部書き直した。
大原狐