熊谷次郎直実には二人の姫があり、これはそのうちの一人、玉津留姫のお話です。
ご存じのように父である直実は、一の谷の戦いで 平敦盛を討ち取った後、世の無常を感じて武士を捨て、法然上人の弟子となって館を去り、兄の直家も源頼朝に仕えているため館にはめったに帰ってきません。
玉津留姫は母とともに、館でひっそりと暮らしていましたが、そのうちに、ふとしたことから母が病にかかり、姫の懸命な看病も空しく、帰らぬ人になってしまいました。
悲しさと、葬儀が終わった後の、いよいよひとりぼっちになってしまったという寂しさから、姫は毎日泣いてばかりいました。
しかしある日、こんなことではいけない、善光寺にお参りして母の霊を慰めようと思いたち、侍女を一人連れて信州へ向かいました。
道中の安全のため、途中立ち寄った寺の住職の勧めにも従い、髪を剃り、黒い衣をまとった尼の姿になって旅を続けました。
ところが疲労と暑さのため、姫は善光寺を目前にして、病に倒れてしまったのです。侍女が必死になって看病しましたが、姫の病は重くなるばかりでした。
そこへなんという偶然か、念仏修行をしていた父直実が通りかかったのです。
しかし姫の病は、父の顔もわからぬほど重くなっていたのです。
それからしばらくして、姫は父の胸の中で静かに息を引きとった、ということです。
『熊谷市史』『ふるさとのはなし』より
|