覚書33 蹄鉄(ていてつ) | [登録:2004年11月8日/再掲2014年3月20日] |
平成16年10月24日(日)〜28日(木)の5日間、第59回国民体育大会秋季大会馬術競技会が、板井地区の特設施設で開催されました。
普段はほとんど見る機会の無い馬術競技(馬場馬術競技・障害飛越競技)や、会場内には、馬具を扱う出店がでたり、馬の蹄鉄を着ける装蹄師や獣医・馬の世話をするホースマネージャーが居たり、馬を運ぶ馬運車と呼ばれる大型車両も来たりして、なかなか興味深いものでした。
そんな中、競技最終日に、装蹄師さんから、使用済みの蹄鉄をお守りになるからと頂きました(下写真参照)ので、今回はこの「蹄鉄」についてのお話です。
蹄鉄(The Horseshoe)は、約2,500年ほど前にヨーロッパで発明されもので(ケルト装蹄始源説とフン族装蹄始源説あり)、馬の蹄(ひづめ)を保護する大切な装具として、その基本的な構造や形をほとんど変えないまま現在に至っています。日本での西洋式装蹄法使用の歴史は浅く、1725年、オランダ人蹄鉄師カーラス・レインボーよって初めて装蹄法及び蹄鉄が伝えられています。
しかし、日本独自の護蹄の意識は、701年に発布された『大宝律令』中の牛馬の飼養の駅馬などに関する規定を示した厩牧令(くもくりょう)に、「蹄裏を焼いて、その質を固くせよ」との記述がみられ、蹄の裏を焼いて硬質にする方法や、繊維質のものを編んで作った馬沓(ばとう)を履かせ保護する護蹄方法がありました。万葉集にも護蹄を示す記述があり、すでに古代から民間にあったことがうかがえます。
馬沓は、その素材によって
・千里沓ー茗荷と麻の繊維を等分にして作られた馬沓
・万里沓ー人間の髪の毛で作った馬沓
・鉄 沓ー鉄のやすり粉を松脂でねり、蹄の裏に塗りつけ、固めたもの。
・金 沓ー革を重ね底に鋲を打って袋状にしたもの。
という種類があり、蹄に履かせるように発達しましたが、馬の蹄に釘を打って蹄鉄を打ち止めるという発想までには至りませんでした。
この蹄自体は、馬は爪先立ちで走るため、接地する部分への負担が大きいことから、指先の皮膚を角質化して保護するようになったと考えられています。したがって「蹄」という文字を用いる以前は「皮爪」と書いていました。
蹄は「ケラチン」と呼ばれる一種のタンパク質でできており、熱に強く、500℃ほどに焼けた蹄鉄を底に押しあててもヤケドをしません。また酸にも強く、強い塩酸や酢酸にも負けません。さらに、平均400s〜500sの馬体を支えながら、高速で疾走してもビクともしないように、重圧にも耐える強さをもっています。
しかし、この強い蹄にもたった一つ弱みがあります。それはアルカリで、糞尿などで蹄を不潔にしておくと蹄叉腐乱(ていさふ)という病気にかかりやすく、蹄角質が腐食してしまいます。このため馬を管理する人たちは、衛生・環境面を含めて、蹄の底の手入れには大変気を使うとのことです(日本中央競馬会競走馬総合研究所:1986)。
ちなみに、馬の蹄は1本の足に1つですが、牛の蹄は1本の足に2つです。これを専門的には、単蹄類と偶蹄類とに区別しています
馬の蹄は、月に約8cmほど成長する一方で、蹄鉄も摩耗しますので、定期的に改装(削蹄して蹄鉄を取り替えること)する必要があります。取り替える回数は馬の用役によって異なりますが、概ね月に1回程となります。主な用役ごとの改装回数はだいたい次の通りで、やはり競走馬が交換の頻度が高いようです。
・乗 馬:40日程度で交換、年9-10回
・ばん馬(鉄ソリを引く馬):35日程度で交換、年10-11回
・競走馬:21日程度で交換、年17-18回
ということで、装蹄師さんのところには、使用済みの蹄鉄が段々と溜まっていくことになり、産業廃棄物として処分の対象となります。
ところが、蹄鉄には、魔除けとか、幸運を呼ぶとかの昔からの言い伝えがあり、再利用される場合が多々あるようです。特に有名な競走馬が使用した蹄鉄は人気が高く、ネット上でも、使用済みの蹄鉄をお守りとして販売しているサイトがあります。
次に、蹄鉄に関する言い伝えをいくつか紹介します。
・悪魔除けーイギリスの神父ダンスタン(Dunstan:909-988;後のカンタベリー大司教)のもとに、悪魔が自分の蹄に蹄鉄をつけてもらいたくて、やってきました。ダンスタンは聖職に就く前、鍛冶屋を職業としていたからです。そこで、ダンスタンは、悪魔の蹄を力一杯叩きつけ、こらしめた後「もう二度と蹄鉄のかかっている場所に近よらない」と誓いをたてさせました。こうして、蹄鉄の保有者は悪魔に狙われる心配がないという言い伝えが生まれました。ヨーロッパの一部の教会では、このことから、蹄鉄を型どった置き物など常設しており、また教会は、神様と誓いを立てる神聖な場所、汚れのない花嫁を悪魔から守るため、蹄鉄の型をした飾りを持つ習慣がある。
・愛情が蘇るー西洋では、愛が冷めかけた夫に馬の蹄鉄を持たせると愛情が蘇るという言い伝えがあります。また、玄関に蹄鉄をかけておくと、必ず夫が帰ってくるようになるそうです。
・結婚式のお祝いーイギリスでは、結婚式の際に家族から新郎新婦に蹄鉄をプレゼントする風習がある。
・厄除けー家のドアなどに飾ると、災いを遠ざけるとか魔除けになる。古代では、三日月形やU字型をしたものには、魔除けの効果があるとされていたところから来ているという説もあります。また、鉄は魔女から人を守るとされていたところからも来ているようです。
・幸運を呼ぶー部屋などに飾ると、幸運を呼び込む。以前、蹄鉄には鋲(びょう)を打つための穴が外側に3個、内側に4個で合計7個あり、「ラッキーセブン」と言うように7が幸運の数字であることから、幸運を呼ぶという説もあるようです。
・商売繁盛ーお店に飾ると、人が集まり商売繁盛のお守りになる。
・交通安全のお守りー乗り物に飾ると、交通安全のお守りになるとも言われています。馬が障害物を避ける、人を踏まないとの迷信から来ているという説が一般的です。
また、かのネルソン提督(Lord Horatio Nelson:1758〜1805)が、スペインの無敵艦隊を撃破したトラファルガーの戦いの際、ヴィクトリー号の帆柱に蹄鉄を打ちつけていたとの話も伝わっています。
ちなみに、この蹄鉄を飾るときには、つま先側を下に(「U」字状)して飾るそうです。これは、招きよせた幸運がこの中に溜まって逃げないようにということで、逆(逆U字)だと、せっかくの幸運もこぼれてしまうからだそうです。
ただし、これとは別に、蹄鉄の形を悪魔の一対の角と見て、悪魔がそこから逃げ出すように、蹄鉄は逆U字型にするべきとの見解もあります。
また、キリスト教徒においては、蹄鉄は両端が右になるように横に向けるべきであるとの意見もあります。これは、そうすると「C」の文字ができ、キリストを意味するからである・・・・。
つまり、3者3様。都合の良いようにということかもしれません。
1.前蹄鉄(下面)ー軟鉄製 2.蹄鉄ーアルミ合金製ー調子の悪い馬用で軽い 3.護符ーKey of Solomon Talismans
<参考引用文献>
日本中央競馬会競走馬総合研究所 1986 『馬の科学 サラブレッドはなぜ速いか』 講談社
柿元純司 1994 『装蹄師―競走馬に夢を打つ』 PHP研究所
Desmond Morris 2001 『世界お守り大全』 東洋書林
Desmond Morris 1989 『競馬の動物学―ホース・ウォッチング
』 平凡社
小林祥晃 2003 『Dr.コパの風水2004大開運術』 廣済堂出版
日本ウマ科学会 http://www.equinst.go.jp/JSES/index.html
社団法人 日本装蹄師会 http://www.farriers.or.jp/
装蹄師 http://homepage1.nifty.com/koyuota/souteisi-00-saite.htm
名古屋競馬 「わいわい競馬塾:馬具と蹄鉄」 http://www.nagoyakeiba.com/
UMAいページ 「tea break:No,4:なぜ蹄鉄は幸運をもたらすのか」 http://www8.ocn.ne.jp/~katsuboo/
装蹄師を目指せ! http://s0ze.tripod.com/soutei/top.htm